大学生日記

女子大学生2年生の日常 in東京

闇が消えつつ

 

こんにちは。大晦日ですね。

今私は大学2年生の冬休みです。

1月のレポートや試験を受けたら、進級もできます。

冬休みは割とぼーとして過ごしてます。

いつかの私と違って、空白の時間を埋めるのが上手になりました。

下手だったときは、ずっと部屋にこもって泣いたりしてたなあ。

ある意味無頓着、鈍感に私がなったのか、時間を埋めれるくらい他のことで頭がいっぱいになるようになったんだなあって思った。この11月、12月を過ごして、あこれは元気になったなあって分かった。

 

 

 

元気になったの。闇から抜けつつあるんだなあって分かったの。

私の過去のブログ見てもらえばわかるんだけど、ずっと精神的にきつかったんだよね。高3の夏休みからだった。闇であり病んでたし、なんかすごく切迫してて死にたい死にたいってずっとtwitterで言ってた。頼れる人が全然いなくて、相談誰にしたらいいか分からなくて、自分ひとりで生きてて本当に孤独のなかにいた。友達も少なくて、やっぱり顔がかわいくなくて、家では罵声を浴びせられ、でも家の外にも何もなくて、電車では泣いてたし、ホームで泣き崩れたときもあった。かわいくなくちゃ、痩せなくちゃいけないって思いこんでて、がんばって痩せようとしては痩せなくて、自己嫌悪に陥った。痩せるために絶対に体に悪い黄色い海外からのくすり飲んで、食欲抑えようとしたけれどだめだった。本当に人間不信だった。対人恐怖症みたいな感じで誰に対しても怯えてた、人が私に優しくするのは何か企みがあるからではと思ってた。それか本当は心の中ですごく私のこと見下していると思ってた。周りの人や友達は異常に立派にみえた。自分とはかけ離れた人だと思ってた。普通の人間になりたいって思った。私は社会不適合と確信した。居場所がなかった。居場所にいましょとかいうけど、私にはないよって思った。夜はしょっちゅう泣いてた。ほとんど毎日泣いてた。何回かリスカもした。罵声に耐えられなくなってしたり、自分の心の傷を目に見える形にしようとした。ずっとぼろぼろだった。

 

 

 

闇への最初のきっかけとなったのは、親との関係のためだった。高3の夏休み、受験勉強中のとき、勉強はしてたけど塾の先生のすすめる講座はそんなにやってなかった。それに関して親が盛大に怒り狂い暴れた。あなたの将来のため、を謳い文句にして。受験期は”あなたの将来のためよ”と親がすぐに癇癪を起しては家の中で暴れてた。ここでいう親はすべて母親のことです。風呂に入ってると言葉で責めてきた。親は暴れてまるで動物のように家を叫びながら走ったりしてた。私を責めながら、親は窓にカラースプレーをぐわああってかいたり、洗面所のドアを外そうとしたり、瓶のポン酢を投げたりしてた。人はこんなに変わるものかと恐怖を覚えた。高2くらいから、親は暴れがちだった。でもその前は割と仲いい親子という感じだった。私も割となんでも話してた。だからこの変化は本当に怖かった。ぼさぼさの髪の毛とガリガリの体で暴れ狂う母親は恐怖だった。優しかったのにこんなに私をいじめるようになるとは。受験生のとき私が雑誌を買って帰ったら、家についてすぐ、買ったばかりの雑誌を破いた。狂ってた。私は親の支配下にいなくてはならなかった。何か文句をいうと、じゃあお金出さないからねって脅された。受験は結局推薦で一番行きたかったところへ行けた。

 

大学生になってから私は都内の大学に通うことになった。すると行動範囲も広がるし、高校より規則もなくどこにだっていけるし新しく開かれた世界だった。親はそれを妬んで、私を責めた。また、かまってという感じで、私もうすぐがんで死ぬんだとか言ってきた。親は腰が悪くてあまり出掛けられなかった。私が高2のときから悪くなった。でもこれがなかなか良くならなかった。母親はなんだかんだでメンヘラだ。それは私が小さいときを思い出しても、思い当たる出来事が何個かある。この親は本当に治す気があるのだろうかと考えた。そんな感じで、自由に出掛ける私を親は責めた。この親は私を責めるとき、父親もそういってるよって言うことでいうことを聞かせようとしてた。親に関してはいろいろ問題があった。

 

最近になってこの親からの争いは少なくなってきた。

親が私を自分の付属物とやっと考えなくなったのだろう。やっと親は子供の人生を支配できないししてはいけないと気付いたのだろう。

 

大晦日ですね。今年最後の一日、あと数時間でまた1に戻るとき。

私の闇のときは孤独だったけど、音楽は少し癒してくれました。

大森靖子とかSiaや中島みゆきを聞きました。SiaのBird set freeやBroken Glass, Dressed in Blackが特に聴いていました。

 

私の中で初めて死にたいって思うことがあるとこんなにつらいことがあるのか気付いた3年ほどのできごとでした。

おわり

 

 

これからどうしよう。

私は今解放されたように、まさにBird set freeというように多くのしがらみと闇からするっと抜けたようなところにいる。

でも私が特に怖いのが、この出来事をいつか忘れてしまうのではないかということ。

闇に入る前の私は人よりも、陽気で明るくて無垢で無知で世間に対しても何の疑いを持っていない少女であった。

闇が終わったら、一体私はどうなるのか、前の自分に戻るのか。いやそれは絶対に嫌だ。私はその前の自分には戻りたくない。経過してそれが新しい私にさせてほしい。嫌いだった大人みたいになりたくない。あの辛かった私みたいな感情の人が世の中にはたくさんいるはずだ。あの感情のころ、私は自分だけだと思ってた。でもきっとそんなことないはずだ。友達が世の中には絶望が転がっていると言った。私はでもこれが分かる人と分からない人があると思う。優しい人になりたいよ。醜いけど汚くなりたくない。人の気持ちにはなれないし分からないけど、簡単に決めつけるような人になりたくない。人のこと傷つけたくない。たくさん傷つけられたもん。強くなりたい優しくなりたい生きることを続けたい。表現者として、これからも何かを作るよ。ここからが本番だ。この2年ほどはお休みでもあったんだ。ここからが、、、、。朝も夜も昼もどこでも行ったり来たりできる人になりたいんだ。

あと3週間くらいで20歳になります。10代が本当にあとちょっとで終わってしまう。19から20ってすごく大きな変化に思う。

1年の重みは年を取るごとに減っていく。今の私でさえ、高校生の出来事を思い出そうとすると意外に覚えてないことにショックを受ける。自分で言葉でもなんでも記録しないと、生きてきた事実があやふやになるように感じた。だから今ここで言葉に残しておく。

高校生のときや辛かった時期にツイッターで毎日何かを発散するように呟いていた。でもある時、急に誰かに見られているかもと怖くなって、全部自分で消してしまった。

消さなきゃ良かったのにってすごく後悔した。まだ消しちゃいけなかった。私は思い出せない部分があまりにも多すぎる。

あのとき生きていた事実をどう捉えたらいいのだろう。やっぱりこの感情は恥ずかしくても今しかなくて、それを積み重ねることが生きることで、毎日必死に生きていてもころころ変わり続ける人と私の一瞬一瞬を残させてください。

 

無名で孤独だと本当に死のうとしたら死ねちゃうんだよね。自分からでも悪い人に付け込まれて。死なずに生きていたいな。私が死ななくてすむ人間になりたい。そんな望み贅沢すぎますか。来年も生きる。

 

 

おわり